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- 生きることと、踊ること−yummydance『グッド・バイ』
越智雄磨(愛媛大学法文学部講師/芸術学)
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松山市拠点に全国各地で活動するダンスカンパニー yummydanceの結成20周年を記念した公演『グッド・バイ』が2021年11月21日~23日、ダンススタジオMOGAでおこなわれました。3日間で9つの小作品を上演する意欲的なプログラムでは、松山ブンカ・ラボ「文化サポートプログラム〈らぼこらぼ〉」をきっかけに創作された「何ででできてるのでしょーか?」も上演されました。愛媛大学法文学部講師でコンテンポラリーダンス研究者の越智雄磨氏に『グッド・バイ』を紐解いてもらいます。
(松山ブンカ・ラボ 松宮俊文)
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生きることと、踊ること−yummydance『グッド・バイ』
yummydanceの新作公演『グッド・バイ』のエピソード1「can’t stop」が始まった時、16年前の2005年のトヨタコレオグラフィーアワードのことを思い出していた。当時、国内で最も重要なコンテンポラリーダンスのコンペティションの最終選考に出場していたyummydanceを偶然見ていたのだ。惜しくも受賞は逃したものの、松山でダンスの新しい波が生まれていることに驚き、感動したことを覚えている[1]。あれから16年、結成から数えると二十余年、己の身体に向き合い続けてきたyummydanceが今回どんな踊りをみせてくれるのか、自ずと期待が高まった。
『グッド・バイ』はおよそ20分のエピソードが1日に3つずつ3日かけて上演される。各エピソードの上演毎にパンフレットが観客に渡され、詩的な言葉が添えられている。それらの言葉はおそらく創作時のキーワードであり、観客にとっては解釈や想像を膨らませるきっかけを与えてくれる。ヴァリエーションに富む全てのエピソードについて詳述することはできないが、いくつか抜粋しながら得られた印象や思考したことを記しておきたい。
「止まらないことだけは 約束しようか この先で たとえ離れても」。この言葉が添えられたエピソード1『can’t stop』で心惹かれたのは、冒頭、メンバー4人が不動のまま観客を見据えていた場面である。身体は不動にもかかわらず、既にdancyだと感じる。不動も振付であり、ダンスである、と気づかせてくれるこの場面を見ながら、かつて田中泯氏にインタビューをしていたときに、田中氏の口から「充満した身体」と言う言葉が出てきたことを思い出す。舞台の彼女らの身体は踊る意思に充満しているのだ。これまで踊り続けてきたことを証明する身体、これから踊り続けることの決意を表明している身体。ダンスとは一般的には動きの芸術と考えられているけれども、実は動く前から、身体の在り方から始まっているのだと改めて気づかされる。
やがてその身体は動き始め、いつの間にか観ている自分の方が動かされる、という奇妙な感覚が生じていることに気づく。アメリカの舞踊批評家ジョン・マーティンは、ダンスとは身体的共感を通じた踊り手と観客のコミュニケーションであると述べたことがある。yummydanceのダンサーたちの、掴めないかもしれないものを掴もうとする、伝えられないかもしれないものを伝えようとする切迫した賭けにも似た瞬間的な身ぶりは美しく、自身の存在を賭けたダンサーたちの身体の動きや状態に、観ている私の身体が引っ張られるような感覚があった。まさに身体的共感である。
身体だけでなく空間もまた様々に変貌する。波の音が聞こえてくるエピソード3「時化」では、文字通りダンサーたちは荒れた海に臨む岬に立っているようにみえる。オブジェも装飾もないブラックボックスの空間は、簡素であるがゆえに観客の想像力を受け止め、千変万化する。海を眺める身体を観ているかと思うと、いつの間にか身体は海に眺められているのではないか、と思うようになっている自分がいる。寄せては返す波のような動き(その動きの主体は身体なのか空間なのか?)と「ほう」と一息する間に、主観と客観の入れ替わり、身体と空間の図と地の関係の入れ替わる。観客の中にイメージと感覚のダイナミックな跳躍が起こる。
ダンサーと観客の身体的コミュニケーションという観点から、エピソード4「何でできてるのでしょーか?」についても言及しておきたい。一人のダンサーが舞台で踊っている間、もう一人のダンサーがスマートフォンのカメラで客席に座る観客の姿を撮影する。観客の姿を映し出した映像はダンサーが踊る舞台背面に映し出され、観客の見る行為とダンサーの踊る行為の間に生じる感応にダンスの核心があることを思い出させてくれる。終盤に上映される「動きの生産者たち」と題された映像は松山ブンカ・ラボとのコラボレーションにより実現したもので、一般から募集された日常の中の様々な動き(動物や子供、水溜りに跳ねる滴と波紋、ぶつかって偶然揺れ動く掃除機など)を捉えた動画が次々と上映される。エンドクレジットには、おそらくその場にいる全ての観客の名前が記載されていて、私たち観客もyummydanceと共に舞台を作り上げていたのだと思い至る。
9つのエピソードを通じて、時に心地よく、時に驚きや意外性を伴いながら、心身が揺さぶられたと感じる。遊ぶように、日常で課せられる身体や時間や空間に関する規範の枷を吹き飛ばしてくれる。そう思いきや、日常的な感覚や観客の身体の状態にそっと寄り添ってくれる。思うに、この日常と非日常の間で、身体性を幅広くチューニングしてくれるところに、yummydanceのダンスの魅力があるのではないだろうか。
エピソード9の『20年は風の中』を見終わった後、自分たちの身体が、そしてその場に居合わせた観客たちの身体が、どのように構成されているのか、また流れる時間のなかでその感覚の布置はどのように変化しているのか、そうしたことに対する微細な感性が、このダンスカンパニーを希有な存在にしているのだと確信した。いつも松山から生まれたと言うyummydanceの「おいしいダンス」は、生きることと踊ることが連続した身体から、これからも生まれてくるに違いない。そう、今、ここに生きる、私たちの身体こそが問題なのだ。
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注釈
[1] 拙稿「ダンスを愛し、ダンスに愛された女たち−yummydance『グッド・バイ』鑑賞ノート」『シアターねこしんぶんvol.91』(2022年1月1日発行)を参照されたい。
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執筆者プロフィール
越智雄磨(愛媛大学法文学部講師・芸術学)
1981年、愛媛県生まれ。愛媛大学法文学部人文社会学科講師。日本学術振興会特別研究員、パリ第8大学客員研究員、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館招聘研究員等を経て現職。博士(文学)。専門はフランスを中心としたコンテンポラリーダンスに関する歴史、文化政策、美学研究。早稲田大学演劇博物館においてコンテンポラリーダンスに関する展示「Who Dance? 振付のアクチュアリティ」(2015‐2016)のキュレーションを担当。編著に同展覧会の図録『Who Dance? 振付のアクチュアリティ』、単著に『コンテンポラリー・ダンスの現在ーノン・ダンス以後の地平』(2020)がある。
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