松山市文化創造支援協議会

JOURNAL

特集記事

2020.02.25 UP
VOL.
008
report
まちと文化とアートの学校2019第6回「生きづらさと向き合うアート」
(ゲスト:今井朋さん/2019年12月7日)

越智孝至(NPO法人シアターネットワークえひめ)

  • 「生きづらさと向き合うアート」

    「生きづらさと向き合うアート」をテーマに、アーツ前橋の地域アートプロジェクト「表現の森」(https://www.artsmaebashi.jp/FoE/)について群馬県前橋市の市立美術館「アーツ前橋」学芸員の今井朋さんが話しました。

    アーツ前橋は元デパートの別館だった建物を再利用して2013年オープン。展覧会やラーニングプログラム(来場者のための学習プログラム)だけではなく、美術館が地域に出ていく「地域アートプロジェクト」も活動の柱にしています。美術館に対して精神的に物理的に距離を感じている市民にアートの力を知ってもらいたいからだと今井さんは言います。

    2019年12月7日、愛媛大学にて。

  • ひきこもりの若者たちとのプロジェクト

    「表現の森」は、ダンサーや美術家など5組のアーティストがそれぞれ、特別養護老人ホームや母子生活支援施設などと交流する、5つのプロジェクト。2016年夏の会期展としてスタート以降、現在進行形で進んでいます。そのうち、アーティストの滝沢達史さんは、引きこもりや不登校だった若者のためのフリースペース「アリスの広場」に月1回通っています。会期展では、引きこもりで自殺念慮のあったYさんの部屋を再現する作品を作りました。その過程で、Yさんと共にYさんの過去に向き合ったことによって、Yさんが「生きていてよかった」と感じることができたと言います。会期展以降は、展覧会の会期中の休館日に、アリスの広場の若者たちと館内を巡る「ゆったりアーツ」をしています。人混みが苦手な若者たちにとって休館日の館内は理想的だそうです。そして現在は、LGBTの団体も加わり、街中に「保健室」を作るプロジェクトを進めているそうです。

  • 演劇ユニットPortBによる「あかつきの村」でのプロジェクト

    演劇ユニット「PortB」は、赤城山麓にある社会福祉法人フランシスコの町あかつきの村とプロジェクトを進めています。難民問題をライフワークにするPort Bは、精神障害を発症したベトナム難民を受け入れているあかつきの村に取材し、「前橋聖務日課」という作品を展開しました。あかつきの村スタッフの佐藤さんと、難民のグエン・バン・サンさんの関係に焦点を当てた映像作品を制作。2016年の2ヵ月半の会期中、共同体についてのフォーラムを開き、毎日朗読をし、映像を展示。その2ヵ月半の出来事の全てが演劇であるというコンセプトです。会期後、サンさんが亡くなり、「表現の生態系 世界との関係をつくりかえる」展(2019.10.12〜2020.1.13)では、あかつきの村でサンさんが暮らしていた家に行きQRコードをかざせば、サンさんの映像が見られるという作品を展開しました。

  • 「生きづらさを個人ではなく社会に還元する」

    「表現の森」のポイントは何でしょうか? 社会問題、医療や福祉の分野の問題にアートがアクセスすることによって、社会にそういう問題があると知らせること、アートの力で当事者の「生きづらさ」を緩めること、そして、当事者ではない市民に「自分ごと」と捉えてもらうことです。市民が自分ごとと捉えるために、今井さんは「『障がい』を『生きづらさ』と置き換えてみる」「生きづらさを個人ではなく社会に還元する」ことを提案します。例えば、会社の人間関係が辛い、と思った時、そう思うのは自分の責任ではなく、そのような人間関係になってしまう原理で会社が動いているからと考えてみる。それと同じように考えると、引きこもりや不登校を生み出しているのは、学校という原理か、学校を運営する原理に問題があるのではないかと見えてきます。

    なぜ美術館が社会問題にアプローチするのでしょう?「生きづらさ」はコミュニケーションの希薄さから生まれてくるのかもしれません。コミュニケーションは他者に自分を表現することだとすると、表現の問題を扱う美術館が「生きづらさ」と向き合うことは自然なことと言うことができます。今井さんは「社会課題を見る一つのツールとして美術館が機能してくれればいい」と締めくくりました。

    (レポート:NPO法人シアターネットワークえひめ 越智孝至)

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